空いた両手がふさがらない

カフェインで目を醒まし、アルコールで眠る

ありふれた日々の素晴らしさについて

 iPhone12 miniが発売されたらしい。確かに家電量販店でも見かけたが、手頃で懐かしいサイズ感で機種変更もありかなと思った。Youtuberの開封動画も観たが、最新の新品のiPhoneに激安ケース・フィルムを装着していてそこは省くの!?と驚いた。
 今週もそこそこに忙しかったかと。昼ご飯が食べられない日もあったが、頑張って働いていたら19時前には帰れた。ここ最近は誰よりも早く出勤して仕事をはじめている代わりに毎日定時で退勤しており、むしろ頑張っている風を装いながらも、自分の時間は確保できていて良い感じのリズムが掴めている感じがした。タイム・マネジメントが上手になって仕事が早く終われば自分が楽になる。単純作業する機械でしかないうちは。

 死ぬときに働き過ぎて私生活が犠牲になったことを悔いる人がいる話をよく聞くが、むしろもっと真面目に働いておけば良かったと思う人がいるのかどうか?個人的には興味がある。
 いまの職場ではひたすら免許なくても良くない?と思われる雑用をこなして過ごしており、はっきり言って何ら利益を生んでおらず、給料が低くて残業代が出ないのも当然と言えるだろう。でも書類仕事は得意だから任せてほしい。そもそも論としては働いているときに、やらなくていいことをなるべくやりたくないという気持ちが根底にある。しなくていい苦労はしたくないのだ。いつの間にか大統領選挙も終わっていたようだが、まともな社会人ならただでさえ仕事に追われていて、政治に興味を持つ時間がなくても無理はない。


 何かしら事情があれば仕方ないと思ってしまうけど、理由なき他人のわがままに対しては尋常でなく敵意が出てきて噛み付いてしまうので、自分は実は冷徹な人間なのかもしれないと思った。狂犬なので、仕事と言えども理不尽にだけは徹底的に反逆してしまう。他人に利用されることが嫌いなのかもしれない。根本的に大きい組織に属することに向いてない気がする。主体性はあるけど上に従順な人間ってなんだ?と疑問視している。世の中にいるのはそんなに都合の良い人間ばかりではない。しかし、他人に迷惑をかけない範囲内で万人に好かれる必要はない。


 規則を遵守している人間は、規則に守られなければならないという思いが強い。規則を遵守している人が規則に守られなければ、誰も規則を守りたくなくなるのでは?と思う。規則が破綻するのは、理論を重視し過ぎて実態と合っていない規則が多すぎるからだろう。頭でっかちな人間たちがき机上でこねくり回してできたであろう規則が。まともな人間ほど挽回できるうちに見切りをつけて離職し、図太くも狂った人間が職場に濃縮されていく過程はそこかしこで起きている。仕事に人生を吸われてれてないか、常に気をつける必要はある。

 

 水曜日は午後は半休の有給を取っていた。でも疲れていて10時間近く寝ていてしまった。いまの職場は当直明け・休日の当番・当直に早上がりや代休の概念はないのだから許されたい。
 金曜日は病棟の当直をしていた。朝はそのまま病棟の休日回診当番に参加して仕事を進めた。朝方にデスクでぼんやりしていると、電源を切り忘れたであろう誰かのPHSには、鬼電がかかっていた。例え休日当番であったと解釈して当直でもない人が土曜の7時過ぎに出勤しているはずがなく、電話をかけているであろう看護師は非常識かつ頭がどうかしているとしか思えなかった。
 土曜日は退勤しつつ、最寄りのスター・バックスで本を読むなどして落ち着いた。ついでに12GBもあるBig Sur OSをスター・バックスのWi-Fi回線でダウンロードしてしまった。買い物をして家につき、お昼ご飯は軽食に過ぎなかったので早めの時間に自炊して夕食を済ませてしまった。夜には近所のワイン・バーでナチュラル・ワイン3杯に、チーズの盛り合わせで落ち着いた。退店するまでお客さんは来ず、マスターとしっぽり会話していた。どれもおいしいワインだったのに、会計は思ったより安くて拍子抜けしてしまった。
 今日は早朝からまたスター・バックスへ行き、朝から本を読んだりアニメを観ていた。10時になったのでスーパーで食料を買い出し、UNIQLOで+JのTシャツを手に入れたりmicro usb to lightningの変換アダプタを買ったりした。後者は手持ちのAnkerのモバイル・バッテリーの充電端子がmicro usbであり、ケーブルを一本ほど減らす意図があった。前者については、ずっと前から楽しみにしていたのだった。本当はモック・ネックの形が欲しかったが、流石に人気すぎるのか売り切れていた。ぼやぼやしていると他も売り切れるかと思い、クルー・ネックのブラックとネイビーの2着を合わせて4000円ほどで手に入れた。今の季節に販売されるには生地が薄いが、光沢のある綿100の素材で高級感がある。薄いということは裏を返せば、通年で使える。カットソーは所詮、消耗品なのでこれだけ見た目が良くて、手放すのも惜しくない価格となればお得だと思った。持ち物の数だけ収納を増やすというよりも、収納に収まるだけの持ち物でやりくりするというのが正しい態度と考えているので、既存のカットソーを少し整理してみたい。
 買い物を終えたら、家で昨日の残りの味噌汁・ご飯・惣菜の焼き魚で昼ご飯とした。洗濯物を干したら、カフェへ出かけた。最近は珈琲を飲み過ぎかと思い、紅茶を飲みながらiPadと戯れた。帰りには公園に寄って少し散歩した。鮮やかに紅葉しているもみじの木に見惚れた。15時過ぎにしてだんだん肌寒い気配を感じていたので、その後は帰宅して今までに至っている。

 

 長年にわたってライト・ノベルを読んでいるからだろうか、表紙とあらすじに目を通すだけで、かなりの確率で自分好みの作品を引き当てることができる。中華家電のAmazon・レビューはもはや信頼できない(suggestが余計過ぎてそもそも目的の商品にまず到達できない)けど、書籍のAmazon・レビューは信頼できる。書籍はステルス・マーケティングには不向きだ。どんなに評判の作品とてちゃんと校正されたのか疑問に思われる文章の破綻があるだけで、信用が下がって急に読みきるのが厳しくなる…。ラブコメ(脳に良い作用をもたらす)を中心に読んでいるが、小悪魔系女子に意地悪されるシチュエーションには滅法弱い。こんがらがった人間関係を俯瞰することに興味および関心がある。

 

 友達の定義って何なんだろうか。どうしたって自分の気持ちに嘘をつくことができないなかで、ありのままの自分を開示できる人は友達と呼んでいいのかもしれない。あまり親しくない人と付き合っていても、自分を俯瞰している自分が出てきてしまい心の底から楽しめることはない。人間に貴賎はないが、貴重な時間を割くには値しない人間がいるのもまた事実ではある。損は膨らむ前に早めに切っておくに越したことはない。

 

 人間はみんな生まれも育ちも違うのに、人間を記号として断罪することの浅ましさったらない。マッチング・アプリでは人間が記号化されて切り刻まれているようだ。不気味さを感じてしまう。いわゆるパパ・活をしているようなメンタリティの女性が、天国や地獄に行けるとは思えない。魂が堕ちて金銭感覚が狂うと、以後もそれ相応の人生を送る。
 世の中には愚かな人間がたくさんおり、自分もまた愚かな人間を占めるうちのひとりなのだった。過剰に卑屈になる必要はないが、勘違いして破滅しないように身の程は把握しておいたほうが生きやすい。
 自分で自分を承認してあげることで、最近は承認欲求から解放されつつある。自分の機嫌すら飼い慣らせていない人が、他人に優しくできるとは思えない。ある程度は善く生きていれば、いつか報われると信じてやまない。ありふれた日々の素晴らしさに気づいた人から順に、幸福に到達できる。個人的にはやく猫になりたいところだ。