気がついたら生活が丁寧だった

 今週は、なんだか1日の時間の流れが早すぎる気がした。全身が凝り固まってる感じもあった。11月いっぱいで今いた部署からは異動になってしまう。異動が多いと、やっと仕事を覚え始めて戦力になってるかなと思ったところで終わってしまうのが、少し残念かもしれない。
 いつだかNHKの手下が来ていた。NHKの手下はこのご時世に、約束なしに家に訪問することの罪深さが分かっているのか疑問だ。突然お宅訪問するような輩は、いつか突然狂人に刺されても文句は言えないと思う。馬鹿は矯正可能かもしれないが、魂まで堕ちた人間は死ぬまで治らない。
 金曜日は夜は豚肉とほうれん草のカレーを作って食べた。夜は近所のバーでしっぽり飲んでいた。山崎・白州が800円で飲めるところが気に入っている。昨日は、朝から炊飯器や洗濯乾燥機を起動した後は、スターバックスで、週末のアニメ視聴とか読書に勤しんでいた。11時すぎには家に戻り、ご飯は冷凍し、2回目の洗濯機を回した。無印良品レトルトカレーを昼ごはんとした。白シャツ・紺のチノパン・グレーのベストにレザーブルゾンを羽織って電車に乗って出かけた。院内履きに良さそうかなと思っていた、KEENのHOWSER SLIDEなるスリッポンを手に入れた。個人的には、仕事で毎日身につけるような物を買うように、日々の気持ちをageていくために使うお金は浪費ではないと思っている。お店で試着したところ、普段のスニーカーで履くサイズよりひとまわり小さくでちょうどよくて、ああ、通販で適当に買わなくて良かったと思った。値札は定価だったのに、ブラック・フライデーに因んでなぜか会計時に2割引されたのも、お得感があった。買い物を済ませていつもの喫茶店に寄った。店内は混んでいたが、この時間帯は回転率も早いことを知っていた。案の定、少し待ったらすぐに席に着けた。浅煎りのブレンドにシナモントーストを貪りながら休息した。陽も傾き始めたところで、家電量販店へ寄った。実は、唐突に思い立って2年間使ったiPhone XRは手放すことにし、iPhone 12 miniを注文して届くのを待っている。保護フィルムなんかを調達しておいた。本当はドライヤーも新調したくて眺めたかったが、このご時世なのに店内に人が多すぎて、諦めて帰ることにした。帰りは大戸屋で夜ご飯とした。今日は10時から行きつけの美容室で髪を切ってもらう予定だ。
 感染者が増加傾向に転じてから極大に達するまでに遅れがあるのはかなり自明なことで、極大に達した途端に某キャンペーンをやめるのは、かなり中途半端な判断と思う。ちょっと人が死にはじめたくらいでひよって経済を止めるのは何だかなと思う。密は避けられないが休日は楽しみたい!→手洗いうがいマスク消毒を心がければ大丈夫!→そういう問題か?と思う。盛り場みたいな場所にさえ近づかなければ感染の可能性は低い気もするが、それにしても某キャンペーンがお得とは思わない。そもそも部屋で静止していることこそが最も安全で、最もお得だ。
 結局、ある程度の死者は許容して経済を回して全体を救いたいですって本音を会見すればいいのに、中途半端な建前ばかり述べてるからみんなが混乱している印象。しかし、誰がどこで何人死んだとて、自分には関係ないなあと思う気持ちが強い(朝方のニュースでビルに飛行機が突っ込んで、涙ぐむキャスター、それでまた明日)。個人的にはいつ死んでも悔いないよう暮らしているつもりだけど、喫煙で寿命が縮むみたいな、介入可能な不健康にだけは抵抗感がある。それだけはもったいない。
 iCloudエイリアスメールを設定した。とりあえずWebサイトにログインする時用のアドレスと、公的に使うような本名アドレスを作っておいた。
 誰かを大切にすることに存在意義を見出したい。自己肯定感が低いわけではないものの、自分をよく見せてしまうと、後から幻滅されたらどうしようか怖くて仕方がないから、自分がいかにしょうもない人間であるかを常にアピールしている。取り繕った言葉より、素直な言葉には心が揺れる。自分を理解される心地よさに浸り、自分が子供のような振る舞いをしても受け入れてくれるような存在の前ではよく冗談を言う。そしてまた平気な顔でかなり無理をする。自分自身の異常性を自覚していないわけではない。でもこんな自分を気に入ってくれる人がいると仮定したら、その人には全身全霊で報いたい。せめて月並みな幸せを手に入れたい。
 誰もうちに来ることはないけども、いつでも人を呼べるように整理整頓を心がけている。たとえ神様がみていないところだって、やってはいけないことはやらない、それが倫理なのではなかろうか?。「丁寧に生活する」という憧れは、実は目的と手段を履き違えていて、目の前のことをこなしていたら、気がついたら生活が丁寧だったというほうが正しい。

冬の匂いがした

 浅く息を吸ったとき、冬の匂いがすることが増えてきた。今週は忙しすぎて昼ご飯は食べ損ねたが、定時を少し過ぎて仕事が終わったということはあった。火曜は大学時代の先輩と飲んだ。近況報告していたが、このほど婚約したとのことであった。彼は再受験生であるから、自分よりひとまわり歳上なので、同年代の中ではやや遅いほうなのかもしれない。素直に祝福した。水曜日は有給休暇を取得していたのであった。何をした、というわけではなしに、ラーメンを食べたあとは、行きつけの喫茶店で佇んでいただけなのだった。萌え声のマスターには平日に来ていることを珍しがられた。土曜日は完全な休みだった。日曜は朝から病棟の日直をこなした。17時過ぎに退勤して、近所のラーメン屋さんに開店前から並んだ。限定の濃厚な煮干しラーメンと秋刀魚のまかない丼を堪能した。今日は朝から病棟の休日回診に参加し、無休でカルテ記載に勤しんだ。日・月で1.5日は出勤しているからして、明確な3連休という感じではなかったと思う。

 働きはじめたら人生は半ば死んだも同然と覚悟していたので、それと比べるならば、今はなんとかなっている感じであろうか。給料が安いとか残業代が出ないとかはまだ許せるものの、それに医師免許が必要か?みたいな雑用をこなしていると、ときに頭がおかしくなりそうになる。巨大な組織で個が捨象されることに納得がいかない。裁量がある人間の忙しさと、裁量がない人間の忙しさでは忙しさの重みが違う気がする。自分はさほどメンタルが強いわけではないが、それを補える処理能力がありそうなことがわかってきた気がする。
 お買い物について。磁気遮断カードを購入した。職場にはセキュリティゲートがあるが、いつも出勤・退勤時にカバンからICカードを探したり、白衣に入れ忘れて取りにかえったりした。iPhoneのケースに貼るポケットカードホルダーを買い、ICカード→磁気遮断カード→ホルダー→iPhoneと重ねることで、iPhoneがある限りICカードを忘れないし、ICカードiPhoneの磁気が干渉しなくなるという目論見がうまくいった。
 注文していた職場用のシャチハタの判子が届いた。これは、ストラップがつけられるやつだ。差し色が欲しくて、あえてポップなピンクの判子を買った。前まで無印良品のアルミのミニマルな判子を使っていたが、ストラップがなくて不便だった。新しいシャチハタには100均で伸びるストラップを見つけて装着した。署名のうえ判子が必要な書類は、このご時世は早くどっちかに統一してほしい。
 スマートリモコンを購入して設定した。起床したい時刻の1時間前に、自動的に暖房が発動するように設定しており、明け方も寒くなくて、有意に寝起きがスッキリしている気がする。なお帰宅前に遠隔操作で部屋を温めておくことも可能である。
 世の中は便利になったと同時に複雑になりすぎて、でも人々の教養はたかだか横ばいだから、複雑さに順応できてる人間の割合は減っている気がする。財布がくしゃくしゃになったレシートで膨れ上がっており、ポイントに踊らされている人間の家計予後は不良であろう。余談だが、実店舗の利点ってその場で手に入ることにあるから、在庫ないので取り寄せましょうか?と言われてもじゃあ、通販で頼みますとなることの方が多い。

 可愛く見える人間を好きになるのではなく、好きになった人間が可愛く見えるだけなのだと思う。選り好みとはまた違って、好きでもない人とは付き合いたくない、と断れるような、面倒くさいけども芯がある人間は魅力的だ。たとえ自分の立場が悪くなろうと、正義を貫いていたい。自分が否と思っていても、肯定した方が自分にとって益があるという場面には、生きていればいくらでも遭遇する。でも、自分自身もそうなんだけれども、やりたくないことをやりたくないと言い、やりたいことをやりたいと言うような、とにかく自分に正直な人に惹かれる。誰かの言いなりになっている人生は楽かもしれないが、楽しいか?と疑問に思う。とにかく、挙動とか、醸す雰囲気とか、心の間合いみたいな、一見ではわかりにくいアイコンに惚れてしまう。他人にそこまで興味がないけど、一度仲良くなったからには、かなりの忠誠を誓っているつもりだ。

 なんだ?この、人生は...。と思わずにいられないことが少なくない。いまは少し生まれてきた意味について考察を深めたい。承認欲求とはまた違って、いまは存在を保証してくれるような緩い繋がりが欲しい。

ありふれた日々の素晴らしさについて

 今週は、iPhone12 miniが発売されたらしい。確かに家電量販店でも見かけたが、手頃で懐かしいサイズ感で、機種変更もありかなと思った。Youtuberの開封動画も観たが、最新の新品のiPhoneに激安ケース・フィルムを装着していて、そこは省くの!?と驚いた。
 今週もそこそこに忙しかったかと。昼ご飯が食べられない日もあったが、頑張って働いていたら19時前には帰れた。ここ最近は誰よりも早く出勤して仕事をはじめている代わりに、毎日定時で退勤しており、むしろ頑張っている風を装いながらも、自分の時間は確保できていて、良い感じのリズムが掴めている感じがした。タイム・マネジメントが上手になって仕事が早く終われば自分が楽になる、それだけのことに過ぎない。単純作業する機械でしかないうちは。この働き方の唯一の欠点は、定時ぎりぎりに緊急入院を投げ込まれると、早出が骨折り損にしかならないことだろうか。

 死ぬときに働き過ぎて私生活が犠牲になったことを悔いる人がいる話をよく聞くが、むしろもっと真面目に働いておけば良かったと思う人がいるのかどうか?個人的には興味がある。
 いまの職場ではひたすら、それ医師免許なくても良くない?と思われる雑用をこなして過ごしており、はっきり言って何ら利益を生んでおらず、給料が低くて残業代が出ないのも当然と言えるだろう。でも、書類仕事は得意だから、任せてほしい。そもそも論としては、働いているときに、やらなくていいことをなるべくやりたくないという気持ちが根底にある。しなくていい苦労はしたくないのだ。いつの間にか大統領選挙も終わっていたようだが、まともな社会人なら、ただでさえ仕事に追われていて、政治に興味を持つ時間がなくても無理はない。


 何かしら事情があれば仕方ないと思ってしまうけど、理由なき他人のわがままに対しては尋常でなく敵意が出てきて噛み付いてしまうので、自分は実は結構、冷徹な人間なのかもしれないと思った。狂犬なので、いかな仕事と言えども理不尽にだけは徹底的に反逆してしまう。他人に利用されることが嫌いなのかもしれない。これというのは、根本的に大きい組織に属することに向いてない気がする。主体性はあるけど上に従順な人間ってなんだ?と疑問視している。世の中にいるのはそんなに都合の良い人間ばかりではない。しかし、他人に迷惑をかけない範囲内に於いて、万人に好かれる必要はない。


 規則を遵守している人間は、規則に守られなければならないという思いが強い。規則を遵守している人が、規則に守られなければ、誰も規則を守りたくなくなるのでは?と思う。規則が破綻するのは、理論を重視し過ぎて実態と合っていない規則が多すぎるからだろう。頭でっかちな人間たちがき机上でこねくり回してできたであろう規則が。まともな人間ほど挽回できるうちに見切りをつけて離職し、図太くも狂った人間が職場に濃縮されていく過程は、そこかしこで起きている。仕事に人生を吸われてれてないか、常に気をつける必要はある。

 

 水曜日は午後は半休の有給を取っていた。でも疲れていて10時間近く寝ていてしまった。いまの職場は当直明け・休日の当番・当直に早上がりや代休の概念はないのだから許されたい。
 金曜日は病棟の当直をしていた。概ね無難にこなして、朝はそのまま病棟の休日回診当番に参加して仕事を進めた。朝方にデスクでぼんやりしていると、電源を切り忘れたであろう誰かのPHSには、鬼電がかかっていた。例え休日当番であったと解釈して、当直でもない人が土曜の7時過ぎに出勤しているはずがなく、電話をかけているであろう看護師は、非常識かつ頭がどうかしているとしか思えなかった。
 土曜日は退勤しつつ、最寄りのスター・バックスで本を読むなどして落ち着いた。ついでに12GBもあるBig Sur OSをスター・バックスのWi-Fi回線でダウンロードしてしまった。買い物をして家につき、お昼ご飯は軽食に過ぎなかったので、早めの時間に自炊して夕食を済ませてしまった。夜には近所のワイン・バーでナチュラル・ワイン3杯に、チーズの盛り合わせで落ち着いた。退店するまでお客さんは来ず、マスターとしっぽり会話していた。どれもおいしいワインだったのに、会計は思ったより安くて拍子抜けしてしまった。
 今日は早朝からまたスター・バックスへ行き、朝から本を読んだりアニメを観ていた。10時になったのでスーパーで食料を買い出し、UNIQLOで+JのTシャツを手に入れたり、micro usb to lightningの変換アダプタを買ったりした。後者は手持ちのAnkerのモバイル・バッテリーの充電端子がmicro usbであり、ケーブルを一本ほど減らす意図があった。前者については、ずっと前から楽しみにしていたのだった。本当はモック・ネックの形が欲しかったが、流石に人気すぎるのか売り切れていた。ぼやぼやしていると他も売り切れるかと思い、クルー・ネックのブラックとネイビーの2着を合わせて4000円ほどで手に入れた。今の季節に販売されるには生地が薄いが、光沢のある綿100の素材で高級感がある。薄いということは裏を返せば、通年で使える。カットソーは所詮、消耗品なので、これだけ見た目が良くて、手放すのも惜しくない価格となればお得だと思った。持ち物の数だけ収納を増やすというよりも、収納に収まるだけの持ち物でやりくりするというのが正しい態度と考えているので、既存のカットソーを少し整理してみたい。
 買い物を終えたら、家で昨日の残りの味噌汁・ご飯・惣菜の焼き魚で昼ご飯とした。洗濯物を干したら、カフェへ出かけた。最近は珈琲を飲み過ぎかと思い、紅茶を飲みながらiPadと戯れた。帰りには公園に寄って少し散歩した。鮮やかに紅葉しているもみじの木に見惚れた。15時過ぎにしてだんだん肌寒い気配を感じていたので、その後は帰宅して今までに至っている。

 

 長年にわたってライト・ノベルを読んでいるからだろうか、表紙とあらすじに目を通すだけで、かなりの確率で自分好みの作品を引き当てることができる。中華家電のAmazon・レビューはもはや信頼できない(suggestが余計過ぎてそもそも目的の商品にまず到達できない)けど、書籍のAmazon・レビューは信頼できる。本質的に、書籍はステルス・マーケティングには不向きだ。しかし、どんなに評判の作品とて、ちゃんと校正されたのか疑問に思われる文章の破綻があるだけで、信用が下がって急に読みきるのが厳しくなる…。ラブコメ(脳に良い作用をもたらす)を中心に読んでいるが、小悪魔系女子に意地悪されるシチュエーションには滅法弱い。大人でもなければ子供でもない、揺れる青春の機微を描いたラブコメは特別と思う。こんがらがった人間関係を俯瞰することに興味および関心がある。

 

 友達の定義って何なんだろうか。どうしたって、自分の気持ちに嘘をつくことができないなかで、格好つけずに、ありのままの自分を開示できる人は友達と呼んでいいのかもしれない。かなりのそもそも論として独りぼっちは寂しいが、自分は自分が一番大事で、自分自身よりも他人の目を大事にしないといけないなら、友達なんていらないとも思う。あまり親しくない人と付き合っていても、たとえ楽しい場でも、楽んでいる自分を俯瞰している自分が出てきてしまい、心の底から楽しめることはない。人間に貴賎はないが、貴重な時間を割くには値しない人間がいるのもまた事実ではある。損は膨らむ前に早めに切っておくに越したことはない。

 

 人間はみんな生まれも育ちも違うのに、人間を記号として断罪することの浅ましさったらない。マッチング・アプリでは人間が記号化されて切り刻まれているようだ。不気味さを感じてしまう。特に、いわゆるパパ・活をしているようなメンタリティの女性が、天国や地獄に行けるとは思えない。魂が堕ちて金銭感覚が狂うと、以後もそれ相応の人生を送ることになるだろう。
 世の中には愚かな人間がたくさんおり、自分もまた愚かな人間を占めるうちのひとりなのだった。過剰に卑屈になる必要はないが、勘違いして破滅しないように、身の程は把握しておいたほうが生きやすい。
 自分で自分を承認してあげることで、最近は承認欲求から解放されつつある。自分の機嫌すら飼い慣らせていない人が、他人に優しくできるとは思えない。ある程度は善く生きていれば、いつか報われると信じてやまない。ありふれた日々の素晴らしさに気づいた人から順に、幸福に到達できる。個人的には、はやく猫になりたいところだ。

珈琲は1日3杯まで

 火曜日は祝日だったはずなのに、木曜日にして既に疲れていた。弱くなっているかもしれない。自身に関しては、洗い物の溜まり具合がかなり精神衛生状態を反映している気がする。あり得ないくらい忙しくなるであろうことが分かっていた月曜日に関しては、7時過ぎに出勤して仕事してたら、日中は忙しかったけども案の定、定時までには仕事が終わってた。始業がはやいのは大丈夫だが、終業が遅いことに抵抗がある。そこだけは譲れない。
 ここ最近は、気分が浮くでもなく沈むでもなく、完全に平坦でまあこれくらいが本来の自分かなという気がする。
 金曜日は近所のbarで少し飲み過ぎてしまったが、土曜の朝は7時過ぎには起きられた。仕事のある平日と休日の起床時刻を統一することで、月曜日の起床時の憂鬱感が少し減るのではないかという期待がある。
 土曜の朝はスター・バックスで、dアニメ・ストアの今期のアニメを追いかけたり、kindleで漫画を読んだりしていた。頃合いな時間となり、いつも行くラーメン屋に開店前から並んだ。早過ぎたのか、一番のりだった。海老の出汁のラーメン並盛りを食した。
 家で少し、休憩がてらデバイス類を充電した。朝に稼働した洗濯乾燥機からは、ほかほかの洗濯物を取り出した。昼過ぎには最寄り駅から電車に乗った。黒のボトム・黒のインナーにグレーのベスト、ジャケットを羽織り、プレーン・トゥの革靴で出かけた。全体的に彩度低めの服装であった。ここ最近は、朝は寒すぎるけど、日中気温が上がることが多くて、服装に失敗する頻度が多い。
 まずは家電量販店でスマート・プラグを求めた。Wi-Fi経由でスマートフォンからスイッチが操作できる優れものだ。デスク・ランプにスマート・プラグを装着することで、起床したい時刻に自動的にライトが点灯するのではないかと考えた。大音量の目覚ましよりも、光で目覚める方が自然であることは自明であろう。
 買い物を済ませて、お気に入りの喫茶店へ向かった。早めの時間だったので、すんなりと入れた。深煎りのサイフォン珈琲を飲みながら、シナモン・トーストを食べて落ち着いた。kindleでライト・ノベルを読んで過ごした。店を後にして、街をあてどもなく歩いた。特にするべきことなどはなかった。橋から川を臨んだ写真を撮ったことは覚えている。
 1時間ほどの散歩を済ませて、別の喫茶店へ向かった。三蜜という感じで、かなり混んでいたが、浅煎りのブレンドを啜った。満足したので、帰りは大戸屋で夜ご飯を食べて帰宅とした。
 生涯カフェイン摂取量が体にどんな薬理作用をもたらすかはよく知らないが、とにかく夜に眠れるように珈琲は1日最大3杯までど決めている。夜にしっかりと眠ることほど大切なことはないだろう。
 
 いまの病院は非常勤雇用で、込み込みで日給9000円くらいで勤務していることになっているけども、平日に祝日が2日ある11月は、単純に考えて給料が2万円弱減ることに気付いてしまった。でも休日は普通に無給の、休日当番という出勤をしており感覚が狂いそうだ。願わくば、普通の会社員くらいの給料でいいから、当直明けは確実に帰れるようにして欲しいし、休日に病棟番をしたら代休とか用意して欲しい。お金も経験も要らないから時間が欲しい、なぜならば20-30代の時間はとても貴重なので。健康的な労働・健康的な消費をしたい。どんなにお金があっても買えないものがたくさんあるだろう。時間とか、時間とか、時間とか。
 死を目前にして生が鮮明になるように、労働をこなすことで生活が浮かび上がってきたこともあるかもしれない。労働に、乾杯だ。
 有給の取得(金曜午後半休って実質3連休くらいのお得感がある気がする)を義務化しても、どの組織も守りそうにないことくらい予測可能であって、手っ取り早く働き方を変えたいならば、国が定めるところの祝日を増やすべきだろう。陰謀論を推奨しているわけではないが、「その行為で得をするのは誰なんだ?」という視点が常に必要だろう。

 

 現代の第1子の平均出産年齢は30歳らしい。2年の新婚・妊娠生活を考慮して28歳同士で結婚すると仮定し、さらに1.5年間の交際期間を経て結婚に至ると仮定すると、26.5歳までには生涯を共にする伴侶と出逢っていなければ計算が合わないだろう。
 職業柄は相手を選ばなければ、いつかはお金を目当てとする女性と結婚できるのだろう。さりとて幸福な結婚ができるとは思えない。幸福な結婚には、お互いの若いころの苦労が視えていることが必要と信じてやまない。お金も持っていなければ仕事もできない、いまの自分をみて、それでもなお”愛してる”って言ってくれる人だけと結婚したいのは甘えなのだろうか。だいたい高級な職(職業に貴賎はないという立場には賛成だが、虚業諸行無常を体現していることに疑いの余地はない)に就いてる人間は、前提として頭の回転は早いほうではあるだろうけど、だいたいは仕事のし過ぎで狂っているし、仕事のし過ぎで教養はないから話していても面白くなさそうだ。

 案外と、いにしえの許嫁みたいな制度は理に適っていたのかもしれない。初恋の人と結ばれる人生こそ幸せなのであって、自由恋愛なんかしているから、婚期は遅れるし、自由な意思に基づいて不倫も離婚もしてしまうのだろうと思う。
 みんなが思い浮かべる”普通”の総和をとりすぎるとそれは”理想”に近づく。
 友達とか、恋愛とかの定義について延々と議論して考察していたい。そこには十人十色の考え方があって、その考え方をなぞっているうちには、その人自身の輪郭までもが浮かび上がってきそうだ。個人的には、所作とか佇まいが洗練されている人に惚れてしまいがち。虚栄心に支配されている人間は苦手とする。万人に受ける必要性はなく、ただ好きぴに好かれるだけで必要十分であると思う。人間がちやほやされすぎるとたやすく壊れることは、ワイド・ショーを騒がせる芸能人や政治家が好例であろう。
 
 みんな、感情と行動の整合性を求めて、言い訳とかそれらしい理屈をでっち上げているようだ。自分もなるべく空気は読んでいきたいが、それは自分の正義を曲げるほどではないかなと思う。それでもスーパーで「買い物はなるべく少人数で、短時間でお願いします」みたいな放送が流れていると笑ってしまう。そもそもスーパーで好んで長居する人っていなくて、まずレジの混雑が律速段階になっているに過ぎない。斜に構えているからだろうか、社会的距離を保つとか、隣の席との間に仕切りを立てるとか、そういう問題か?と穿った見方をしてしまう。やっている雰囲気を出すだけでは、結局のところ何も進んでいなくて、虚ろな行為だなと思う。本音と建前が乖離し過ぎて支離滅裂なことを喋っている人に、何と反応すれば正解なのかよく分からないことが多い。

 

 何かを選ぶとき、必ず何かを諦めている。何か思い通りにならないことがあったとて、それもまた人生かなあと納得することのほうが多くなってきた。人生はあたかも大富豪で遊ぶように、与えられた手札で頑張るしかない。プラス思考というわけではないが、プランAがベストだけどプランBでもベターかなと思うようにしている。


 他人の言動に一喜一憂しない(戒め)ことが大切だ。今後とも、諦めはしないが期待もせずに生きていくとする。

モーニングルーチン ver.2020

 22:00→就寝
 6:00 →無印良品の大音量の目覚まし時計で起床


〜6:30 →洗顔する
     トイレに行く

               マグカップに冷たいお茶を注いでレンジで温めて水分補給
               PC・Bluetoothスピーカーを立ち上げてSpotifyを鳴らす
               (ドラム式洗濯乾燥機を稼働する)
               水筒(お茶と珈琲)の準備をする
               朝食(レトルトか前日の残りの味噌汁・レトルトか冷凍のご飯)の準備をする


〜7:00 →YoutubeTwitterを眺めながら朝食を食べる
     前日にやり残した家事(お皿洗いなど)を進める
     ネットサーフィンする


〜7:10→着替え、出勤の持ち物を支度する
 7:15→Air Podsとマスクを装着し、忘れ物に気をつけて出勤する

自分だけが、自分だけに、従うことができる

 今週は比較的、忙しかったかもしれない。あまりデスクで静止しているという暇はなかったように思う。来週からは月が変わり、今の部署の人員も減り、幸い今は少し今の業務に慣れた状態で、今までより忙しくなる状態を迎えることになりそうである。
 今週は、いつもお茶の水筒とドリップコーヒーの水筒を用意しているのだが、コーヒーから紅茶にしてみた。濃い目のアールグレイが気分となっている。
 今月はそんなにお金を使った自覚はないのに、先月以上にお金を使ってしまった。今月に入って病院を異動してから、手取りにして15万円ほど下がったが、出費は先月より多いというわけ。今月からは奨学金の引き落としがはじまったのも大きいかもしれない。でも昨日はまたbarで飲んでしまった。ウイスキーシェリーの一杯→ピートの一杯をいただき、最後にさくらんぼのリキュールをソーダ割りで飲んでいた。
 今日は6時の目覚ましでいつも通り起きた。洗濯機を稼働し、ゆっくり家事をしながら支度して、病棟番のため出勤した。その後はスターバックスへ移動し、ゆっくりしていた。開店と同時に、たまに行くお気に入りのラーメン屋でラーメンを啜った。一旦は帰宅し、少し休憩して出かけてきた。お気に入りのセレクトショップに寄り、真冬に備えてhandsongripの手袋を手に入れたというわけ。いまはいつもの喫茶店に寄って、かなり落ち着いている。明日は何をすべきなのだろうか。来週の火曜日にも祝日が控えており、精神的には余裕がある。

 お金持ちになりたいわけでもなく、楽して稼ぎたいわけでもなく、ただただ働いた時間とか内容に矛盾しない額の給料を受け取りたいと思う。仕事の内容的には、別に学問的にもやりがいを感じることはない。けども与えられた業務をいかに定時までに遂行するかを考えるのは、早く帰ることができて直接的に自分のためになるし、工夫の余地があって心底楽しいなと思う。いつでも嫌いな食べ物は先に食べ終えたいし、後で楽できるならいま頑張っていたいと思っている。だいたいにおいて、行動に移しているときよりも、何かにつけて計画とか作戦を練っているときのほうが楽しいかもしれない。
 仕事に関して言えば、「やろうと思えばできる」という状態がもっともストレスがないだろう。仕事なんて辞めようと思えば辞められるくらいの技術とか、貯金があるというふうに。仕事なんて休めるときに休めるだけ休むほうがいいかなと思うけど、あまりに休みすぎると二度と戻って来れなくなる可能性もあるかと思うと、それは少し怖いかもしれない。
 行動原理に一貫性がない人間と接するのは、予測不可能すぎて本当に怖い。言っていること・行なっていることが乖離している人間のことである。多分、本人の中では何らかの一貫性があるのだろうが、側から見てはちゃめちゃな行動をしているように見えてしまうのである。世の中は知らないほうが・視えないほうがいいことも沢山ある気がする。個人的には義理とか人情には興味がないが、なるべく筋だけは通したほうがいいように思う。
 以前ほど、みんなから自分がどう思われているか気にならなくなり、自分は自分かなと思うようになってきた。その点においては精神的に成熟してきたかもしれない。それにつれて、自分を取り繕うのに必死な浅ましい人間は、より苦手になってきた。最終的には自分自身を支配できるようになりたいと思う。自分だけが、自分だけに、従うことができる。
 奇妙なことに、正しく行為している人間が報われるとは限らない。複雑な規則や手順は、必ずや形骸化する。猿でも分かるように細かいマニュアルを作成すると、猿には細かすぎて当然全てを覚えられるはずもなく、そのうち我流と省略を覚えて、なあなあしているうちにトラブルを引き起こすだろう。
 みんな大人になっていて、賢しらぶって未だに大人になれていないのは自分だけな気もする。願わくば今の記憶を保ったまま、大学時代に戻りたい。うわべだけの関係ではない、本当の友達が欲しい。今ならもっとうまくやれる気がする。本当に、自分の人生にだけは真剣になったほうがいい。しかし今日を真剣に生きられない人は、人生にも真剣にはなれなさそう。

人の心と不測の事態

 今週は水曜日に有給をとったことを差し引いても、余裕のある1週間だった。

 休日の計は早朝にあるだろう。休日なのに早起きするという矛盾を乗り越えると、実質的な休日が長くなって満足感が増す。土曜日は朝から黙々と家事をこなしていた。iPhoneの調子が悪くなってきていた。iPhone12が発売されたが、iPhoneの機能としてはいまのiPhoneで十分と思っているので、変えるなら型落ちにしておくのが賢いのだろうと、ぼんやり考えていた。

 朝から電車に乗って出掛けた。まずは、商業ビルを徘徊して、そのうち買おうと思っていたDANTONの茶色の暖かそうなフリース・カーディガンを買ってみた。今まで冬場は無印良品のインナー・ダウンのうえにコートを羽織っていたが、屋内に入るなどしてコートを脱いだときに、もこもこしすぎているところが好きくなかった。一枚でアウターとして羽織っても可愛い!感じなところが気に入った。黒っぽい服ばかり持ちつつあることを反省して、色は茶色としてみた。今後は本当に寒いときは、長袖ヒートテック+UNIQLO Uの長袖シャツ+フリース・カーディガン+コートという布陣で過ごすことにしたい。

 昼には、大学時代の同期とスパイス・カリーを食べた。喫茶店で一服しながら近況を報告し合った。15時すぎにはボチボチ解散し、いつも寄るけど混んでていつも入れるとは限らない喫茶店に寄ってみたら空いていたので入った。いまどき珍しかろうロッキング・チェアで揺られてゆっくりして、早起きが祟って眠くなっていたことを思い出し、大きな寄り道はせず帰宅した。帰りには、大戸屋で定食を食べて夕食とした。帰宅後はトイレが詰まるという事件があったが、重曹と熱湯を投入して何回か流しているうちに開通し、その場ではコトなきを得た。もう、22時には眠ってしまった。

 

 人が何を考えているのか、その心を読むことは不可能だけど、語っていること・考えていることが一致しているかどうかは、非言語的態度に割と如実に反映されるので、判別可能かと思う。そしてその不一致は頻繁に起きていそうな印象がある。スマートフォンを頻繁にみる人はいまつまらないと考えているのだろうし、腕時計を頻繁にみる人は早く帰りたいと考えているのだろう。

 いつでも不測の事態に備えて余裕を設けるようにしている。いとまを愛したい。

 たまにやりすぎかも、と思うこともある。でもやっぱり時間があるときに、やれることはやっておいたほうがいい。オン・タイムで計画していると、道すがらトラブルに巻き込まれて、約束に遅れる可能性はある。ぎりぎりで生きていると、少しの予定外で破綻する。予定外は一定の確率で起きるので、予定外がいつ起きるのかはさておき、予定外を避け得ないことだけは分かっている。 

 実はこの先に自分は40歳で死ぬことになっているかもしれなくて、あれやこれやを後回しにしていると、知らず制限時間を超えてゲーム・オーバーとなっているかもしれない。やりたかったことをやり残して。だからなるべく、必要でないのにやりたくないことはやらないし、明らかに無理そうなら努めて諦めるようにしている。プラン・Aに固執しすぎて時間切れ・共倒れになるのはもったいない。プラン・Bだったならもしかして、うまくいっていたかもしれないのに。

 60点が合格点の試験で、60点を取ることを目標に勉強していると、失敗する可能性はかなり高いと思う。夏休みの宿題を8月31日ちょうどに終わらせようと計画して、8月31日ちょうどに終わるとは思えない。

 働いていると今日にも飛び込みの仕事がきて・順調に見えていた仕事のトラブルが発覚して忙しくなり、帰りが遅くなる可能性は必ずある。準備できるときに準備して、予想外に備えていたい。前に勤めていた病院で、尋常でなく仕事ができる医者が、5分後にCPA患者が来ても対応できるように救急外来を管理している、と言っていたが、実際にできるかどうかは別にして、その心意気には同意する。