空いた両手がふさがらない

カフェインで目を醒まし、アルコールで眠る

那須旅行

 朝に家を出て、お昼頃には最初の目的地にしていた、道の駅沿いの外交官旧別荘を訪れた。白塗りの瀟洒な洋館であった。中も浪漫を感じるような家具が多かった。重厚な木製のドレッサーが印象に残っている。木枠の窓越しに見えた新緑の並木道の景色が良かった。洋館の周辺を散策していると、満開の菜の花畑もあった。洋館内の展示物のキャプションを読んでいて、何となく那須の街としての成り立ちを理解した。いわく那珂川の盆地で痩せた土地であったところを、富国強兵のため政府主導で開墾し、華族に払い下げて巨大な農場がいくつもできたらしい。だから華族が所持していたような別荘がたくさんあるのだろう。

 近くの洋食屋でデミソースのオムライスを食べた。続いて那須岳を目指した。那須岳に到着した頃から雨が降り始めた。山頂も曇ってきたようだったが、せっかくなので那須ロープウェイで山頂付近まで急勾配をかけ上がってみた。落ちたら即死しそうな高度のゴンドラに少しびびった。案の定、山頂は雲海の中で往復2000円に値する景色らしい景色は何も見えなかった。山頂の気温は5℃程度で、残雪のある斜面も見えるくらいで、インナーダウンを着てなかったら危うく凍えているところだった。

 那須岳のふもとは温泉街があるらしく、有名な温泉が点在しているらしかった。中でも、秘湯と名高い大丸温泉に行ってみた。外湯は川を仕切った3段構えの混浴露天風呂で、底は砂の川底であった。天気が悪いからか、ほかに客はおらず、雨が降り頻るなかで静かに温かい川に浸かるという得難い体験をした。帰りがけには殺生石なる湯畑の跡地も訪れた。硫黄の香りに包まれた、岩岩しくてだだっ広い平原に遊歩道が整備してあった。何でも米の代わりに、湯花が年貢として納められていた時代もあったらしい。温泉街をあとにし、昼過ぎには駅付近に辿り着いた。

 待ち合わせていた近くに住んでいるという人と、offline-meetingがてら新進気鋭のカフェを訪れた。満席ではあったが、回転が早くて少し待つとすぐに席に着けた。スモーキーなアイスコーヒーにスコーン、チーズケーキを食べながら、これといって他愛のないお話をしていた。定刻となったので、宿にしていたゲストハウスにチェックインした。ここは実はいつも髪を切ってもらっている美容師にお勧めされていたのだった。ゲストハウスのお兄さんの陽キャっぽいトークにやや腰が引けた。夜はゲストハウスのディナーコースを食べた。オペレーションには不安を感じたが、料理は全体的に良かった。勧められて飲んだ自然派の日本酒もフルーティで良かった。美味しい野菜を久しぶりに食べた気がする。夜はテ○スハウスに出てきそうなラウンジに上がって、パソコンで作業していた。宿泊者との交流が生まれるのか期待していたが、ラウンジには誰も上がって来なかった。夜はドミトリーの穴蔵で寝た。大きさとしてはカプセルホテル程度で、8人が同じフロアに詰め込まれるとのことことだったが、意外と快適に眠れた。翌朝もシンプルな朝食を食べて宿をあとにした。宿周辺をひとしきり散策した後は、気になっていた雑貨屋に寄ったり、勧められていたチーズショップを訪れた。昼ごはんに勧められていたラーメン屋に並んだものの、開店30分での列のはけ方が遅すぎて並び続けるのを断念した。途中、雹も降り注いできて心が折れたのもある。他のラーメン屋さんに寄って、美味しい魚介ラーメンを食べて帰途についた。
 今回は実は宿だけ予約して、事前の計画はなくどこに行って何をするかはその場で決めていたが、意外と何とかうまく行ったようだった。旅の醍醐味は刹那な振る舞いにありそうだ。個人的には同じ避暑地といえども、先日訪れた軽井沢よりも那須のほうが好きだった。軽井沢はどのお店もいかにも観光客相手の商売という感じで、中国人向け免税家電店とか、テーマパークに入った時のような、作られた偽物に特有の違和感を感じていた。那須はあくまでそこに先に生活があって、物価も高くなくて、肩肘張らない自然な避暑地という印象であった。ぜひまた訪れてみたい。

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那須岳