自由な時間と写真フォルダとコンテンツ卒業

 休み期間につき、ただいま帰省中。一昨日、実家に帰ってきたところだがもうすでに飽き始めてきた。年を越さずに戻るかもしれない。実家は割と西の方に属するので、日照時間が長いなと思う。夕方、17時過ぎても未だ明るい。

 たぶん、定年を迎える前の最後のまるまるの休みだが、いまいち有効な使い道が思い浮かばない。巨万の富があればいろいろ旅行してみたいとは思うのだが、そんなにお金がない。お金が必要な時こそ暇だし、暇な時こそお金がないように仕組まれているらしい。お金のように、時間も切り貼りできることを夢想する。

 自由すぎるのも考えものだ。リズムがないと調子が狂う。やはり日々のルーティーンは必要であるらしい。実家は近くにコメダ珈琲ができたということで、そこに通うことを考えている。趣味とひと口に言っても、作業前に淹れる珈琲のように、日々のルーティーンを形成する役に立つ趣味があればなあ。

 日記という日記をつけているわけではないが、iPhoneで撮った写真のフォルダをみるにつけても、その写真を撮ったときの記憶と感情を思い出す。あたかも日記のように。飲んだ珈琲とか、食べた作ったご飯とか、個々はとてもくだらない写真が、過去を回想するには十分だ。もっと毎日、人が見ればきっとくだらないと思うような他愛もない、しかし本人には価値ある写真を撮って心のフォルダに収集したいものだ。

 アニメコンテンツから遠ざかって久しい。数年前までの熱狂的なモチベーションはふっと無くなってしまった。小さい頃に熱中していたポケモンとか、カードゲームとかと同じ要領で、振り返ってみてばいつの間にか卒業に漕ぎ着けてしまったらしい。

 趣味は入学と卒業を繰り返すものなのかもしれない。これは価値観が容易に移ろうことの証拠と言えると思う。

 さて、モチベーションを保つには内発的動機づけが必要だ。惰性ではなく楽しいと思う心が。今は少しそういったものからは心が卒業してしまった。しかし昔とった杵柄をとるように、再入学できる日を楽しみに待ちたい。